「号泣する準備はできていた」

andango2005-11-02

表題作を含めた、江國香織の短編集。その表題作「号泣する準備はできていた」は昨年の直木賞を受賞しています。
読み始めるときから、あえて月に1本だけというペースと決めてかかって読んでいき、途中で気に入った作品があればそれを何度も読み返してみたりしてのろのろと読み進め、直木賞受賞時に購入して以来、約2年かけてようやく全ての短編を読了。長い時間かけて読んだ分、今、この短編集の持つ独特の色味が心に深く浸透しています。
江國香織童話作家でもあります。彼女の優しくてあたたかくて気持ちをほっこりさせてくれる童話はとても好きです。しかし、それ以上に、時に「恋愛のカリスマ」と呼ばれることもある彼女の、人間の暗い影の部分に焦点を絞った恋愛作品は、「アンニュイ」という言葉で片付けてしまっては安っぽいのだけど、不安定なイメージを上手く表現し、正にその人それぞれ誰しもがかかえる心の陰影の部分を描いていて、そこに共感を得ることができ、いとおしく感じます。
影というのは、ものすごく長い(という表現で合っているだろうか)グラデーションで構成されています。つまり、白に近いような極々薄いグレーもあれば、いわゆるねずみ色や、漆黒の黒もあり、その薄いグレーから漆黒までの間に一つとして同じものはなく、モノトーンの色が無数に存在していると思っています。それは人間誰しもが持つ暗い部分と一致していて、誰一人として同じ心は持ち得ない。そういった各登場人物が持つ陰の部分を、その人物それぞれの心として反映させ描き分けるからこそ、江國香織の人の心の機微を描いた作品は素晴らしいのだと思うのです。
今短編集は、すべて30代後半くらいの女性が主人公ですが、一人として、性格やそれまでに送ってきた人生、今置かれている立場が同じではありません。そして、ある程度得ることのできた幸せと、過去とのしがらみでなかなか解決できない不幸せとを持っていて、夫がいたり恋人がいたり、そうでなければ同姓の親友がいます。幸せな日常の中でふと思い出す悲しいできごとや昔の思い出。手放しに若いと呼ばれる時期を過ぎた女性たちが自分の心のうちに秘める些細な悩み。
たった十数ページのさらりと読める短編の中で、そんな共感できる心象を題材に描いています。けだし、名作。